読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

当たり前なことなんて、ひとつもないんだよ。

いつも、何も考えずに当たり前だと思ってやっていること、

常識でしょ!と思ってやっていることに、ちょっと疑問を持ってみたら?

みたいなことを言っていますが

 

同じようなことでも、今日は別の視点から書いてみようと思います。

 

 

私の父は、銀行員だったのですが

私が幼い頃は、まだヒラだったので、日曜日には私を自転車の後ろに乗せて

界隈を走ってくれたり、動物園に連れて行ってくれたり、

相撲を取ってくれたりして(いつも負けてくれないので、私が泣くはめになる 笑)

そんな優しい父のことが大好きでした。

 

けれども、私が成長して年頃になるのと比例して、父も偉くなっていき

接待で、夜は飲んで遅くなり、休みはゴルフ、と顔を合わせることも、

会話をすることもなくなっていきました。

だから、いつも母とびっちり向き合っている、私に起きていることなど、

父は知る由もなかったのです。

そして、仕事柄、世間の信頼や信用にかかわることにはうるさくて、

私の行動にも、とても厳しかったのです。(いわゆる箱入り娘ってやつですね)

 

今思えば、そうしたくても出来なかったのかもしれませんが、

忙しい仕事にかこつけて、母とも私とも向き合おうとしなかった父を

私はどこかで、憎んでいたのかもしれません。

 

 

時は流れて、私は離婚をして実家に出戻り。

それからまもなくして、母の癌が見つかり、罵声を浴びせられながらの介護。

一年半位経ってから、母が先立ったのですが、あんなに仲が悪かったのに

父がメソメソするので、私は泣くこともできず・・・

私は、父から、依存されたり、干渉されるのが嫌で、母の一周忌が過ぎた頃

逃げるようにして再婚し、家を出ました。

話し合っても、反対されるのは、わかっていたので、ほぼ断絶するような形でした。

それでも、一年位経ってからでしょうか、店をやる私の所に父が顔をみせてくれるようになり、

お互いぎこちないながらも、何となく親子の関係は復活したのでした。

 

その後、父も肺がんに罹り、手術や治療で入退院を繰り返しました。

残された命が、もうそう長くはないだろうという時期になって

私は、多分、初めて父と二人っきりのお正月を過ごしました。

幼い頃からの母とのことなど、じっくり話し合いました。

父は、初めて聞く話に「申し訳なかった」と謝ってくれました。

私が離婚を選び、再婚したことも、

「おまえの判断は間違っていなかったな」とも言ってくれました。

 

そして、父は春分を迎えた頃、あちらの世界へ旅立っていきました。

 

その後の私は、以前のブログで書いたとおり・・・

 

父の四十九日が済んだ頃、

もう父がいないんだ、という実感がじわじわとこみあげてきて

店をやっていて、じゅうぶんに面倒をみてあげられなかったこと

もっと、こんなこと、あんなことが出来たんじゃないか、という後悔や

生前に父がしてくれていたこと、残してくれていたことなどを

目の当たりにするたびに、「あぁ、私は愛されていたんだ」と確信して

そう思えば思うほど、もう父はいないんだ、私はひとりぼっちなんだ、と

悲しさと寂しさでいっぱいになって、毎日「会いたいよ~会いたいよ~」と泣きました。

今、書いていても涙がこぼれてきます・・・

 

あなたが、今、うざいと思っている両親、兄弟、パートナー。

居るのが当たり前になっている人達。

明日も居るとは限りませんよ。

実家に暮らしているなら、今、落ち着いて過ごせる部屋があること、

自分で作らなくてもご飯が出て来ること、学校へ通えること。

それは、当たり前のことではないですよ。

両親が、少なからず苦労をして、我慢をして、その状況があるのです。

 

身内じゃなくても、友人知人でも良いです。

あなたが、メールや電話をしているときだって、一緒にご飯を食べているときだって

その相手は、あなたのために、自分の時間を使って、エネルギーを使ってくれているんですよ。

お互い様かもしれないけど、自分が受け取っているものを、ちゃんと認識していますか?

 

私が、一番嫌だな、と思うことなんですが

明らかにこの人お金持ち、って人に、奢ってもらったり、振る舞ってもらうことを

当たり前だと思っていませんか?当然だよね!みたいな感じ。

私、きっと、あまりお金に困っているように見えなかったのか?

そういう扱いされることも多かったんですよね(笑)

それを、出す側も喜んでもらえるのが嬉しかったりもするんだけど。

別に、金銭的なお返しを、っていうんじゃなくて、自分の出来ることで、

相手に喜んでもらえれば良いと思うんです。

ちょっとしたカードを送るとか、SNSで感謝を伝えたり、シェアすることだって、

相手のイメージが上がるから良いと思いますよ。

「私はこの人から、こんなものを受け取りました!おかげでこうなりました!」って。

 

今、自分が何事もなく、過ごしていられることを、当たり前だと思わないで下さい。

 

綺麗な空気を吸えること(中国のスモッグの中で生きたい?)

綺麗な水を飲めること(泥水をすすってお腹壊したい?)

安心して眠れること(いつ爆撃されるかわからないってどう?)

ご飯が食べられること(毎日外で食べ物を探し回りたい?)

 

あなたの近くにいる人が、あなたのことを思ってくれている時間も、

あなたの為に何かをしてくれている時間も、手間も、費やしているエネルギーも

どれも二度とない貴重なものなんです。

それを受け取っているんだ、と自覚して、当たり前だと思わないで下さい。

 

あなたと関わってくれている人が、この先もずっと一緒に居られるとは限らないのです。

大事な人には「大事だよ」って

愛する人には「愛してるよ」って

感謝してる人には「ありがとう」って

悪いことしたなって思う人には「ごめんね」って伝えて下さい。

後悔したときには、もうその人はいないんです。

 

直にいうのが照れくさいとき、たまには電話でも、メールでもして下さい。

「元気?」って。

 

 

 

 私がいつも、眺める湖も、いつも同じ場所にはあるけれど

見せてくれるその光景は、一瞬だけのもの。

二度と同じものは見られないんですよね。
f:id:lakotoya:20170112150936j:image