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8月24日のお散歩。〜ひとつとして同じものはない〜

ずいぶんと久しぶりの更新になってしまいました。

お盆期間は、観光地である洞爺湖は人も多く、どこかへ出かけるにも道路も混んでいるので、ひたすらひきこもり。

そのあと、台風がやってきて(この辺は、ほとんど影響はありませんでした)なかなか日課のお散歩もままならず…

途中、満月もあって、その影響もあったのかなかったのか?

(でも、はるか昔の人々は、カレンダーや時計もなかった訳ですから、太陽や月、星などの天体から色んな情報を得ていたのだろうし、月の満ち欠けで、潮の満ち引きなんかが起きていることを考えると、ほとんど水で形成されている私達人間も、影響を受けているのでしょうね。)

 

そんな感じで毎日孤独と向き合い、途中アップダウンはあっても、ど~~~んと落ち込んで、ほぼ長~~いトンネルに入っていました。

 

そろそろトンネルを抜け、ブログも書けそうなので、今日は、その時のことを記事にしようかと思ったのですが、朝のお散歩に行ったときに色々インスピレーションがあったので、そっちを先に書こうと思います。

 

      ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 

 

元々、この世界はひとつでした。

それをわざわざあらゆる物質に分離させて、特に人間には、強烈な分離意識まで植えつけられました。

 

それは、なぜか?

 

あらゆるバリエーション、多様性を知りたかったから。

 

木々の葉っぱが一枚一枚違うように。

あれだけ膨大な量の雪の結晶が、ひとつひとつ違う形であるように。

同じ指紋がひとつも無いように。

 

私達人間は、全て違う個性、特性を持っているのです。

 

だから、私達が存在している意味は、ひとりひとり違う個性の輝きを存分に発揮すること。

あらゆるバリエーションの情報を届けること。

 

だけど、一部の人達に洗脳され、私達は「普通」とか、「常識」とか、「みんなと同じこと」が良い事だと思わされてしまいました。

誰かが決めたルールに従い、同じような服を着て、決められた仕事をして、何の疑いもなく、何も考えず、毎日同じことを繰り返すことが、「安定」していて「安心」なのだと。

そして毎日垂れ流される情報を真実だと信じ、自分の感覚で感じることを忘れてしまった。

 

誰かが決めた枠の中で生きる、誰かが決めたレールの上を歩く、それは楽なことなのかもしれません。

でも、それは本来私達が、この世界に存在している目的を、忘れてしまっていることなのです。

 

自分が素晴らしいと思う人、やり方を真似するのは悪い事ではありませんが、それをそのまま実践してしまうのは、ただのコピー人間です。

良いと思ったものを、勉強する、取り入れる、その上で、それをどれだけ自分のオリジナルとしてカスタマイズできるか、が大事です。

 

そうやって、それぞれが個性を輝かせ、その多様性をみんなが尊重し認め合う、ということこそが、ある意味「ひとつになる」ということなのではないでしょうか。

 

 

今朝の洞爺湖(日付がかわっちゃったけど)
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